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ハナシの畑

栗山農業の活路は地域力を高めること。そのために必要なのは本気でぶつかってくる研修生です。

栗山町湯地地区
『有限会社 湯地の丘自然農園』

代表 渕野 巌さん

『値ごろ市』は、平成27年春にリニューアルオープンした直売場。
多種多様な地場産野菜や加工品を提供しており、
札幌市や旭川市などの都市圏からも多くの購入客を招いている。
この人気施設を運営しているのが、『有限会社湯地の丘自然農園』。
同農業生産法人は農業体験希望者や
就農を志す研修生の受け入れにも積極的なことで知られる。
代表を務めるのは渕野 巌さんだ。

思いつきや憧れだけの研修は
必ず挫折します。

渕野さんは栗山町出身の三代目農家。平成14年近隣の4戸の農家と共に農業生産法人「有限会社湯地の丘自然農園」を設立した。現在76haに及ぶ広大な農地では土地利用型作物のほか、アスパラやトマト、ヤーコンなど20品目を超える作物が栽培されており、21名の従業員が畑や加工場の間を急がしそうに往来している。 「ストレスのない環境の中、愛を注いで栽培した農作物をたくさんの方々にお届けすることがモットー。農薬を極力使わずに、有機堆肥や有機肥料をベースにした栽培法で、野菜たちが持っている本来の力と旨みを引き出しています」

研修生の受け入れを開始したのは平成16年。これまでショートステイの体験希望者を5組、さらに2年間の農業研修生を5人ほど迎えてきた。

「すでに栗山で就農を果たした人もいます。そういえば4年間の研修後もうちの農場で働きたいと言ってくれた男の子がいたのだけれど、隣町の女性との運命の出会いの末にやむなく引っ越すことに…。あれは寂しかったなぁ(笑)」

現在も一組の夫婦と20代の女性が研修中。10数年に亘りさまざまなタイプの研修生や体験希望者を見てきた渕野さんは、この三人は本気だと太鼓判を押す。

「夫婦は共に会社員、女性も刑務官として数年間社会経験を積んだ後に、強い決断と覚悟の上で研修に来たタイプ。彼らなりに農についての勉強はしているし、その一方で自分に不足しているものは何かをちゃんと理解している。だからどんどん質問をぶつけてくる。性格も素直で真面目。彼らならいずれ必ず就農できるだろうね」

 こう断言する裏には、半ば思いつきのように研修を希望する人たちの存在がある。農業は体力はもちろん、精神面のタフさも要求される仕事だ。研修生だからといって甘やかされるわけではない。こうした世界に飛び込む決意や準備を怠り、身勝手な妄想や浅薄な夢だけで研修をスタートさせると、必ず挫折すると渕野さんは断言する。しかも受け入れた農家側も様々なロスや痛手を被ることになる。

「自然相手に働けるから、人間関係を気にしなくていいから…そんな理由で就農したいという人がいるけれど、それは大きな間違い。農業くらいビジネス感覚や地域内での人脈を必要とする職業はありません。せめてそのあたりの情報はちゃんと下調べをしてから、チャレンジしてほしいね」

少量多品目栽培のノウハウの宝庫
就農の最適地という自信があります。

『値ごろ市』に並ぶ商材は、湯地の丘自然農園のものだけではない。栗山町の農業法人から個人農家まで実に多くの生産者が、さまざまな野菜や加工品をこの市に出品している。このラインナップの多様性こそ、栗山町の農の魅力だと渕野さんは言う。

「栗山町のロケーションは、北海道の南方圏と北方圏の気候風土が交差するあたりなので、両圏の主だった作物の栽培が可能です。いうなれば、『栗山町の農業=北海道農業の縮図』というわけですね。北海道ならではの大規模農業から、小さな面積での少量多品目栽培、さらには酪農、畜産、これらの農産物を使った加工品まで、栗山町には実に多彩な農業が混在しています。

買物に欠かせないのは選ぶ楽しみだ。いくら素敵な直売所でも品数がわずかだと購入客は集わない。季節や時期に応じたさまざまな野菜が並んだり、農家こだわりの珍しい野菜が提供されたり、手作りのユニークな加工品がお目見えしたり… いつ訪れても目移りするような楽しさで彩られているのが『値ごろ市』の良さであり、ひいては栗山農業の大きな強みとなっているのだ。

「根菜から園芸作物、西洋野菜に果実まで。栗山町の農畜産品は178種類に及ぶと言われています。栗山町はすでにひとつのブランド。このブランドを上手に活用して地域力をアップさせていくことが、栗山農業の活路なんです。うちの会社だけが儲かればいいという考えはもう過去のものです」

 渕野さんが町内の農家に値ごろ市への参加を呼びかけるのも、研修生の迎え入れに積極的なのもこの発想がベースになっている。 「栗山町もご多分に漏れず、生産者の高齢化や後継者不足という課題を抱えています。ただこのまちには、恵まれた気候風土や大都市近郊というロケーション、多種多様な栽培ノウハウ、明るくよそ者を排除しない町民性など、農を引き継ぐ上においては、類まれな好条件が揃っています。どうせやるなら失敗してほしくないし、少しでも条件が整った舞台で就農を目指してほしい。栗山町はその最適地。だから自分は体験農業の希望者も研修生も真剣に受け入れているんです」

私たちの指導力は
研修者の本気度に比例するんです。

ベテランから若手へ、地元生産者から就農希望者へ。これから栗山の農の持つ地域力をさらに強くするための世代交代が始まっていく、と渕野さんは言う。

「その実現のために一番大切なのは、就農希望者が研修に対してどれだけ強い思いを抱いているかです。気構えが強いほど、受け入れる私たちの教えも強くなっていく。相互の思いは比例して高まっていくんです」

 また最終的な目標である就農に関しても、農家として起業するのか、農業生産法人の従業員になるのかという具体的なビジョンも抱いてほしいとも。

「独立開業をしたいという人が多いけれど、そのためには資金や土地、売り先、雇用や経営などさまざまな課題をクリアしなければならない。そのハードルは思った以上に高いもの。法人従業員は独立した人ほどは自由ではないけれど、働きながら経営のトップを目指すという夢もある。そのあたりも熟考してほしいです」

最後に少し意地悪な質問をしてみた。いくら気構えが強くても物覚えが悪かったり不器用だったりしたら、結局研修もうまくいかないのでは?渕野さんは首を横に振りながらこう言った。

「確かに農に取り組むためには、明晰さや器用さや洞察力や体力や…とにかくいろんな能力が備わっている人のほうが有利です。でもそんな完璧な人間などいるわけがないでしょ。ではどうするか。まわりに応援してもらうんです。物覚えが悪くても本気の気構えを持っていれば、先輩や親方農家が助けてくれる。不器用でも必死に頑張る若者を見ると、必ず先輩農家たち手を差し伸べてくれます」 なるほど、値ごろ市のバックヤードでも、あるいは湯地の丘自然農園の畑でも、たくさんの人たちが互いをサポートし合いながら働いている。互助の光景は栗山の畑ではまさに定番的なシーンだ。

「互いを本気で思いやること、それも栗山の地域力なんです」渕野さんはそういってインタビューを締めくくった。

〈平成27年8月取材〉