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  • > ハナシの畑〈07〉下向 義雄さん
ハナシの畑

農作業員の一人としてではなく「栗山農業の担い手」として、しっかり育てています。

栗山町北学田地区
『下向ファーム』

下向 義雄さん

小麦や大豆などの土地利用型作物のほか、
パプリカやメロンを有機をベースにした独自のノウハウで栽培しているのが下向義雄さん。
ことメロンにおいては質の高さが定評で、毎年予約のみで完売という人気ぶりだ。
そんな多忙な農作業の傍ら、下向さんはトレーニング農場として研修生の受け入れや
体験研修者、未経験者の指導に取り組んでいる。
それはどんな思いからなのだろう。

自分のリタイヤを見据え、
受け入れ農家に。

 しわが刻まれた柔和な顔は、ほどよく日焼けしている。下向義雄さんは栗山町北学田地区の三代目農家。農地は10haほど。組織や部会に属していないため栽培した作物やメロンは全て自分で販売している。下向さんが体験研修や研修生の受け入れを始めたのは2013年から。

「一番は、やはり体力的な問題かな」

下向さんの年齢は67歳。引き締まった体を垣間見ると、現役を退くにはまだ早いのではと思えてしまうが、長年培ってきた栽培技術や、顧客との信頼関係の引き継ぎという点から考えると、決して時期尚早とはいえない。

「三代続く農地を失くしてしまうのはやっぱり忍びない。それに自分の野菜やメロンを買い続けてくれたお客さんにも申し訳が立たない」

苗づくりから収穫まで、栽培の経験は一年に一度ずつだ。ましてやマニュアル本にもまとまっていない下向さん直伝のノウハウを会得するには、より一層の時間と体験が必要となる。体が動くうちに自分の持っている知識や技術のすべてを次世代に伝えたい、というのが下向さんの切なる思いなのだ。

「そう遠くない自分のリタイヤの日を、思い残すことなく迎えたいんだ」

故郷への恩返しのために
一人でも多く「農」を体験させたい。

下向さんが次世代への継承に取り組む最大の理由は、故郷栗山への恩返しだ。

「代々この町に育てられてきた身だからね。栗山の将来のために自分ができることはなんだってしたい」

そのために欠かせないのは、栗山農業の担い手の確保だ。それも一人でも多く。実はこういった思いの影にはやむなく離農していった先輩農家たちの無念さや、継承がうまく進まない町内農家たちの苦労がある。家族への継承が困難なら、栗山の農の門戸を開き、一人でも多くの担い手を育てるべきだというのが下向さんの考えだ。だからこそ公社の提案を受け、栗山農業の入口ともいえるトレーニング農場となり、体験研修者や研修生の指導に取り組んでいるのだ。

「トレーニング農場の研修は、長いので三ヵ月、短いので数日かな。学生も多いよ。去年は東京農大の子を三人ほど預かった。今年は北大の農学部の学生が来てるね」

トレーニング農場としての受け入れは、わずか2年間で有に20名を超えている。中にはわずか一日だけの体験という若者も。しかし下向さんはそんな人にこそ、真剣に対峙する。

「少なくともその子たちは農に関心がある。それだけでも他より一歩リードだよ。だから辛いこともおもしろいことも含めて、何でも話すし何でも教えるね。その子たちの誰が栗山の農を担うかわからないしさ」

学生であっても例え大人でも、彼のもとに訪れた研修生を下向さんは「子」と呼ぶ。そして親が子にするように、やさしく諭すように教え伝えていく。時間をかけてゆっくりと、だ。そしてその「子」らも楽しそうに苗を植え、機械を操り、収穫の喜びを味わっているのだ。

「彼ら彼女らと触れ合うのは楽しい。なんだか、こう、可愛いんだよね」

「研修生の本気さは姿勢に表れるもの。
受け入れ農家との相性も大切だね」

現在彼の元では一組の家族が研修中だ。実は一昨年(2013年)も夫婦を研修生として招き入れたが、その一家は研修途中でリタイヤした。

「怪我などの不運もあったけど、それ以前に気持ちの部分が少し足りなかったのかもしれないね」

このまま指導をしていても一家のためにならないのでは…。下向さんがそう感じ始めた頃、当の家族から就農を諦めると告げられた。そんな苦い経験もあり下向さんは昨年は研修生を迎え入れなかった。

明けて今年7月。公社から「ぜひ受け入れてほしい研修希望の家族がいる」との強い勧めがあった。夫婦二人とも道内の大学の農学部卒。東京で9年ほど暮らしたが農へのこだわりを捨てらず、ネットでの情報やイベントを通じて知った栗山での就農を志しているという。

会って数日で分かったよ、この夫婦の意気込みが」

下向さんは農のプロでも、指導のプロではない。畑でハウスであるいは農機の座席で、その現場ならではの技術や知恵をどんどん伝えていくのが下向さん流だ。そんなややランダムな指導法にも戸惑うことなく、二人は常に「わかりました」といい「次は何をしましょう」と明るい声を上げた。言葉や態度からなんでも吸収しようという前向きさが伝わってくる。それが伝わると下向さんの指導にも熱が入る。

「この二人のために何でもしてあげようという気持ちになるんだね。研修制度ってどこか堅いイメージがあるけど、結局のところ、研修生と受け入れ農家の呼吸が合うか、ウマがあうかが、一番大切なのかもしれないね」

二人の研修生を受け入れて3ヵ月が過ぎた。今後は約2年半の歳月をかけ、自分の持つ農の知識や栽培技術を教えていくつもりだ。

現在研修中の池田さん

「互いを認め合う関係づくり」を、
栗山の農業研修のスタンダードにしたい。

トレーニング農場や研修生の受け入れ農家となって3年目。その経験の中で下向さんが心に決めたことがある。それは、体験希望者や研修生を決して農作業員の一人として扱わないことだ。

「彼らを農作業員の一人として扱うということは、手が足りない作業ばかりやらせることになる。それでは指導にならないし、彼らも成長しないですから」

作付、肥料の与え方、防除のノウハウ、収穫の頃合いなど、様々な体験を通じて農を体で覚えさせる。できたらその作業を任せてみる。そうやって一つ一つできる作業や範囲を増やしていくのが下向さんの研修だ。例え失敗しても叱りはしない。成功体験は失敗の積み重ねの中で生まれることを自らの経験で知っているからだ。

「だから教える側、教わる側に上下関係もない。自分たちがいなければ農業を学べないけれど、彼らがいなければ栗山の農は廃れてしまうからね。栗山の農の研修に不可欠なのは、互いを認め合う姿勢なんだよね」

下向さんのこの考えが栗山の農業研修のスタンダードになる日もそう遠くないだろう。

〈平成27年8月取材〉