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ハナシの畑

美しい風景とコンパクトな街、そして心あたたかな町民たちのトリコです(笑)。ホントって? 百聞は一見にしかず!

『地域おこし協力隊』

横澤 美樹さん

地域おこし協力隊をご存知だろうか。
街の活性化や住民の豊かな生活に貢献する活動を通じて、
地域力の向上を図ることを使命としており、
基本的にその人材は地域外からの採用がルールとなっている。
栗山町でこの地域おこし協力隊として活躍しているのが、横澤美樹さんだ。

何から始めよう?
移住先を求める長い旅がはじまった…

栗山町に来る前は何を?と尋ねてみた。横澤さんは指を折りながら「輸入玩具の会社で販売をしたり、広告代理店で働いたり、契約社員で内勤をやったり。そうそう豊島でオリーブを摘んだこともあったっけ」と答え、いたずらっぽく笑った。

現在40歳。大学卒業後の十数年間、主に東京でいくつかの職業を経験した。その時々でさまざまな人や職場と出会い、その都度仕事観や価値観は変化していったが、ひとつだけ彼女の心の中でブレなかったものがある。それは自分の気持ちにまっすぐに生きること。

「東京が嫌だったわけじゃないです。ふと土の見えない場所に、ヒト・モノ・コトが過密に存在していることを不自然に感じ始めたら、別の世界へ移らずにいられなくなったんです」

田舎暮らしへの模索の第一歩として農業体験の受け入れ探しを始めたが知らない土地に飛び込む勇気が出ずに行き詰り、藁にもすがる思いで東京国際フォーラムで開催された新・農業人フェアを訪れた。

広い場内には、全国の自治体や農業生産団体のブースが並んでいた。あらかじめ新天地の候補に考えていた地域のブースをいくつもまわった。「生活のリズムを実感するために1ヵ月農業体験させてくれませんか?」

だが反応は芳しくはなかった。女性である上にほっそりした体格を一瞥し「残念だけれど、あなたには無理では」と告げる所さえあった。話は聞いてくれるが、彼女の「まずは農作業を体験してから考えてみたい」という言葉を聞くと首を傾げられた。

「確かに就農希望者を求めているブース側の趣旨とずれているのもわかっていました」

どこを訪ねても暖簾に腕押し。半ば諦めかけながらも、とあるブースの担当者に「農業体験を…」と切り出した時、意外な答えが返ってきた。

「大歓迎です。一週間でも一ヵ月でもまずは体験してみましょう。農の道に進むかどうかはそれから判断すればいい」

栗山の自慢、駅前商店街

街の便利さと自然の豊かさの
バランスがよい、生活に向いた町。

栗山町農業振興公社のホームページ。当時の新規就農のコンテンツにこんな一節があった。

「指導を受ける農家の方や地域の雰囲気、暮らしの環境、目指す営農スタイルが自分に合っているか、農業適性があるかは、体験してみなければ判断できないものです。(中略)公社では体験研修を行っており短期滞在住宅で暮らしながら農作業を経験したり、農業者や先輩研修生と情報交換をするなど、具体的な就農を検討することができます」

就農とは単に農業を始めることだけではなく、新天地での暮らし、周囲との人間関係など生活を取り巻くあらゆる事柄のリスタートをも意味する。栗山町の『体験研修』という受け皿は、横澤さんの『体験して考えたい』という意向にベストマッチだったわけだ。

運命の出会いから数週間後の2014年7月 下旬、横澤さんは栗山の町にいた。

「千歳空港からも札幌市からもおよそ一時間のロケーションなのに、今まで見たことのない横長の風景が広がっている。まずそこに感動しました」

さらに日々を重ねると様々な栗山町の素顔が見えてきた。「真夏なのに風がカラリと爽やかなこと。大きなスーパーが2つもあること。キレイな駅前通に商店街が並んでいること。おいしい食堂や懐かしい雰囲気の喫茶店があること。ファーストフードがないのも魅力!」

そんな街の背景には、美しい自然や農地が横たわっている。都会ではない、かといって田舎すぎない。それが栗山町というまちだった。

「街と自然のバランスが絶妙なんです。そこにやられちゃいました(笑)」

公社の紹介で体験研修も始まった。研修先は『湯地の丘自然農園」。土地利用型作物や施設園芸作物の栽培のほか、直売所「値ごろ市」も運営する農業生産法人である。

広大な畑に出て初めてトマトやキュウリを収穫した。それを手際よくパッケージに詰めて様々な出荷先に分配していく輪に加わる。作業の合間の休憩時間には採れたての甘いスイカを味わうことも。一日があっという間に過ぎる。自分が健康になっていくのがしみじみわかった。

その一方で心温まる出会いもあった。従業員の方々、パートの主婦や学生さん、研修生の若者、さらに役場の人たち。研修住宅では何人もの友人ができた。

「色々な繫がりがわずかひと月でできて“ここに自分の居場所がある”という気分になれたんです。縁があったんでしょうね」

研修期間の一ヵ月はまたたく間に終了を迎えた。横澤さんはここで一度帰京する。

「といっても、ちょっと東京に行ってきますみたいな気分。この頃はすでに栗山で暮らすという思いが頭から離れなくなっていました」

くりやまのくの字も知らなかった私が栗山町民に。
この町の豊かさを、あなたにも体験してほしい。

東京へ帰っても栗山町への思いは増すばかり。

「栗山町に行く前は、いろんな田舎を巡ってみようと考えていたんです。その中で自分に馴染む場所を見つけようって。でもあのまちで一ヵ月暮らしたら、そんな思いはどこかへ行っちゃった、だって毎日が本当に幸せだったんだもの」

雪と生活するという現実にも向かい合わなければ。そんな思いを胸に冬を待って再び栗山町へ。役場から情報を得て隣町夕張のスキー場でバイトに勤しんだ。一面の銀世界に息を呑み、シュプールを描くスキーヤーに見とれる日々。零下の寒ささえ忘れるほど、冬の風景も美しかった。そんな折、すでに何度か連絡を交わしていた役場の担当者から連絡が入る。

「そのバイトが終わったら、栗山町の地域おこし協力隊として働いてみませんか?」

渡りに船とはまさにこのこと。こうして栗山のまちにまたひとり、新しい町民が誕生したのである。

 現在横澤さんは栗山町農業振興公社に配属されている。勤務スタートからまだ数ヵ月だが、「私より詳しいね」と町民に感心されることもある。栗山町の魅力発見に余念がなく、南北に長い町内の隅々に点在する新規就農者をおとずれる機会もあいまって津々浦々へ足を運んでいる。「自分の言葉でこの町の魅力を語れることが大事」新規就農希望者や移住を検討しているひとの町内案内を中心に、できることから積極的に活動している。

「町と人との出会いって不思議なものです。素敵な場所は国内に山ほどある。それでも私にとってはここだったのは、本当の理由はわかりません。とにかく惹きつけられてしまったんです。それが何なのか、それが他の人の心にも響くものなのか。もしかしたらその答えを見つけることこそ、私の仕事なのかもしれませんね」

〈平成27年11月取材〉